電気グルーヴ

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電気グルーヴが結成したのは1989年4月27日で、ナゴムの人生というバンドが4月26日に大阪のライブハウスで解散ライブをした直後、深夜バスで大阪から東京まで戻って、東京に到着したのが4月27日の朝方だった。 人生というバンドを解散した後、他にやることが無かった卓球は、エロ本かAVの編集長でもやろうかと考えるが、片手間に音楽を続けるために、新しく『電気グルーヴ』というバンドを始めようと思い立って、いてもたってもいられなくなった卓球は『電気グルーヴ結成、メンバー募集!』の貼り紙をライブハウスとか街中に貼り紙を貼って、ピエール瀧に卓球が「人生の次に、電気グルーヴっていう新しいバンドを組もうと思ってるんだ!デニーズで結成の打ち合わせするけど、瀧も来ない?」って電話をかけて、ピエール瀧が軽い気持ちで参加することになって、昼頃、笹塚のデニーズで卓球が待ち合わせしている時、ピエール瀧と、人生のメンバーだった耳夫が来て、その次に電気グルーヴ新メンバー募集の貼り紙を見てきた高橋、吉沢、K太、後藤君が笹塚のデニーズに来店してきて、電気グルーヴのメンバー編成、バンドの構成、電気のコンセプトなどの打ち合わせなどを行っていた。電気グルーヴは元々、結成当時バンド編成でやる予定だった。ヒップホップ、ラップとか、クラブ系のハウス、テクノ系ハウス、デジタルロック、ビッグビートとか、デジタルハードコアのジャンルをミクスチャーして体現した“スラッシュテクノ”ってジャンルをやろうと思って、4月27日の昼下がりの午後に、初台の笹塚のデニーズで電気グルーヴが結成された。人生が大阪のバーボンハウスってライブハウスで解散ライブをやった翌日の次の日にですよ?それ(笑)。まず最初、石野卓球がボーカル、MC、プログラミングでピエール瀧がボーカル、MC、瀧で、吉沢がギター、耳夫がベースで、高橋嵐がキーボード、シンセサイザーで、 DJK太がターンテーブル、スクラッチで、 後藤がドラム っていう7人編成で電気グルーヴをやる予定だったけど、ドラムの後藤がデニーズでの打ち合わせに参加しただけで加入しなかった。残ったメンバーで電気グルーヴを活動しようという事でリハーサルスタジオで練習する時に、吉沢がギターをやることになった際、卓球が「最初のコードはCだから、ちょっと弾いてみて。」ってなって、すると吉沢が胸のポケットからギターのタブ譜を取り出して、えーとCは、Cは・・・って感じでタブ譜を見ながらギターを弾き始めて、卓球が「えー、何、お前!ギターのタブ譜見ながらでないと弾けないのー? じゃあ、他にギター弾けるやつに弾かせるから、お前、クビ!」ってなって吉沢が脱退した。その後、 残った石野卓球、ピエール瀧、高橋嵐、若王子耳夫の4人のメンバーで打ち込みを主体として電気グルーヴを活動することになった。 DJK太は12月7日の新宿LOFTの"DG No.1"のライブでDJでステージに参加しただけで、一度きりだった。